コロナが我が家がやってきた

12月9日、連れ合いが喉がイガイガすると言い出した。その日の晩発熱した。38.8度。翌12月10日PCR検査の結果、コロナ陽性が確定した。12月11日、私が発熱。39.4度。12日、連れ合いと同じくコロナ陽性が確定した。 

油断があった。今までに家族の誰かが「コロナに感染したかもかれない」という騒動はあった。けれど全て杞憂に終わったので、今度も大丈夫だろうと。完全にコロナをなめてた。

 

連れ合いは今年定年退職した。だから夫婦で過ごす時間は多い。

12月9日、連れ合いの運転で家具屋さんにテーブルを探しに行った。気に入ったテーブルが見つかり、今あるテーブルも引き取ってもらえるとの事で良い買い物ができたと喜んでいた。

同日夕方、連れ合いが喉がイガイガするので、のど飴が欲しいと言いだした。二人共それなりの歳なので、この時期喉の調子が悪いなんて当たり前にある。喉が痛いのか聞くと少し痛いかなとの返事。この時点で全く警戒せず。

同日夜、一緒に夕食を食べた辺りで少し熱がでた。37.4。この時点で、少し警戒する。この日、忘年会で帰宅の遅い息子に連絡。家は元々2世帯住宅で、義母がなくなった今1階は空いている。ただ義母が認知症になった段階で「危険だ」という事で台所を使えなくしてそのままになっている。その上、義母の使っていた洗濯機も捨ててしまった。それでも、少ししか警戒してない私は2.3日の辛抱だろうと、とりあえず下で寝てもらうことにした。その日の夜、連れ合いと同じ部屋で就寝した。

12月10日朝、38.8。慌てて部屋を別にした。近くの病院の発熱外来に電話して予約をとった。勿論、無料ではない。この病院はPCR検査の検体を採取するだけでなく、病院でPCRの検査をやってくれるので比較的早く結果がでるらしい。カロナールをもらって帰ってきた。熱は37度から38度を行ったりきたりしていたようだった。私は葛根湯を飲み始めた。

同日夕方、陽性が確定した。ショックだった。その瞬間、私は濃厚接触者になった。結果が出る以前に息子と話し合って、連れ合いがコロナだった場合私がコロナの確率は高いので、下の階で生活して2階との接触を断つことにした。連れ合いは熱のせいか食欲はあまり無いようだった。連れ合いは65歳なので病院の方で届けをしてくれるらしい。

12月11日、大阪市からショートメールが届いたらしい。そしてMyHER-SYSの登録ができるようになったらしい。昼前、連れ合いの部屋から話し声が聞こえる。後で聞いたら、保健所から電話があったらしい。私と息子は日曜と月曜に抗原抗体検査をして陰性なら自由にできること、パルスオキシメーターを借りる手続をすることを勧められたらしい。抗原抗体検査キット、調べてみたら日曜に手に入れる事が私の周りではむづかしい。なら、連れ合いの行った病院で検査してもらおうと思った。

同日夜、熱が出た。22:30、39.4度。寝苦しく、1時間おきに起きていた。

12月12日朝、熱は37.4度。なぜ?病院に電話、予約をとる。検体を取ってもらったあと、このあとの説明をうける。陽性が確定したら、自分で陽性者登録をしなきゃいけない。陽性者登録をするには検査結果の用紙を送るのでその用紙の写真を送らなきゃいけないこと。私が陽性だった場合、先に陽性確定している連れ合いと隔離しなくても良い事。カロナールを処方してもらう。

同日夕方、陽性が確定する。

連れ合いは熱は相変わらず、37から38くらい。咳がでて、痰がからんでいる。私の方は、37度台の熱で推移している。パルスオキシメーターは届くのに3日ほどかかるかもしれないと言われていたらしく、この時点では届いていなかった。私も陽性になったことで連れ合いと相談して配食をお願いした。これも3日ほどかかるらしく4日分、届くとの事。

12月13日、連れ合いの熱は36から37くらい。その代わり咳が辛そう。私は37度台。咳が少しと鼻詰まり。

同日夕方、パルスオキシメーターが届く。鼻詰まりのせいか数値は95。ネット情報によると悪い数値らしいが息苦しくはない。

12月14日、連れ合いの熱は36度台。本人曰く咳と痰以外は大丈夫とのこと。私の熱は37度前半。布団を上げて掃除をする。

同日夕方、病院からのPCR検査の陽性確定の紙が届き、陽性者登録をする。

12月15.16日、連れ合いは咳と痰が残る。私も熱は平熱に戻り、鼻詰まりが残るのみ。

12月17日、連れ合い療養解除。

12月19日、私も療養解除。

 

こうして我が家のコロナは終わった。怖いなとおもうのが、連れ合いが何処でもらってきたのか全くわからないこと。よい機会なので、コロナ対策をもう一度見直そうと思う。